びくにはし雪中 ーびくにはしゆきなかー

歌川広重名所江戸百景・冬の部より

びくにはし雪中

水彩にて 模写絵師つねきち


現在の地下鉄銀座一丁目、西銀座ランプ付近には

「比丘尼橋」と呼ばれる橋がありました。

絵の中、端の右側にあるのが

江戸城の外堀と石垣で

その奥に立つのが

数寄屋町の火の見櫓です。

比丘尼橋には

「びくに」と呼ばれる尼僧の姿をした私娼や

夜鷹さんたちが集まっていたそうです。

手前にある大きな「山くじら」の文字は

猪や熊、鹿などの

肉を食べさせるお店の看板です。

「山鯨」とは猪のこと。

当時の人々は肉を食べる習慣がなかった為、

堂々と「肉」と書けずこうして

「山くじら」や「ももんじ」と表示したそうです。

ではどんな人が肉を食べるのかというと

病気回復の為の「薬食い」をする人

だったようで

猪鍋は「牡丹鍋」、鹿鍋は「紅葉鍋」のように

これもぼかした言い方で呼んでいました。

実際には「薬食い」以外の

肉の旨みを覚えた人々も通っていたようです。

絵の右側に視線を移すと

いい匂いにつられた犬たちが集まっています。

その表情を見ると

なんだか笑ってしまいますね。

「◯やき」「十三里」と書いてあるのは

焼き芋のこと。

芋を切らずに焼くので「◯やき」。

その芋の本場が川越で、江戸から十三里ほど

離れていたので「十三里」。

「栗(九里)よりうまい十三里」と言ったり

もっとうまい「十三里半」という焼き芋もあったとか。

食べ物の名前をはっきり言わないのが

江戸の粋でもあったのでしょうか。

それらの間で屋台を担ぎ

歩いているのは「おでん屋」さんだそうです。

おでんだけではなく

お酒も飲ませてくれたようで

冷え込む夜には有難い存在でした。

名所江戸百景も終盤の絵となり

つねきちの筆が随分と練れてきました。

浮世絵では板目刷りで表現された夜の空も

しっぽりと重ねて塗り

雪の「チョンチョン」からは

温かみが伝わってくるようです。

よしずのバサバサとした質感や

看板の文字にも厚みを感じます。

江戸時代、こういった雪の風景は

実際には夏の間に売られていたそうです。

現代の猛暑の中で、つねきちも

江戸の景色に染まりながら

きっと涼んでいたことでしょう。

模写絵師つねきち八卦鏡

知的障害を乗り越え描く、無垢な魂の筆使い。 つねきちが描く色合いは、渋みが主流の浮世絵とはちょっと違っています。 彼の目には江戸時代の景色がそのまま映っているからです。 そんな独特の「つねきち流儀」をお楽しみください。

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